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                  太田勝洪記念中国学術研究賞について


太田勝洪記念中国学術研究賞の創設
   (略称 太田記念賞)

 去る2004年 3 月27日,元中国研究所理事長(1992~98年),日本現代中国学会理事太田勝洪法政大学教授が急逝された。享年68歳。
遺族の太田博子さんが故人の遺志を汲んで,「現代中国の研究の発展のために」と中国研究所に多額の基金を寄贈された。
中国研究所はこれを受けて,日本現代中国学会の参加も得て,「太田勝洪記念中国学術研究賞」を創設することとした。
2004年11月には「論文審査委員会」を発足させ,2005年 1 月に第 1 回受賞者を決定し,表彰する予定である。
                     
   太田勝洪記念中国学術研究賞(略称 太田記念賞)規則

1.趣旨   元中国研究所理事長,日本現代中国学会理事故太田勝洪氏の遺志をうけて,「中国研究の発展のために」と遺族が
中国研究所に寄付された基金を活用して,当年の優秀な中国研究論文を選定して,表彰するものである。
2.対象  当年間発行の『中国研究月報』,『中国年鑑』および『現代中国』所収の諸論文。
3.優秀論文表彰者には賞状および賞金10万円を贈る。
4.運営委員会は同賞の運営全体を管理する。運営委員会は中国研究所理事会,委員長は中国研究所理事長がこれに当たる。
5.論文審査委員会は中国研究所編集委員会および日本現代中国学会の代表によって構成する。おおむね年初までに審査を終了
し,候補論文を選定し,運営委員会に報告する。
6.同賞の発表は中国研究所新年会において行う。
                                                                 2004年10月25日制定




第13回太田勝洪記念中国学術研究賞の発表・授与について

  第13回太田勝洪記念中国学術研究賞は,『中国研究月報』編集委員会より推薦のあった下記論文が選ばれた。2017年1月28日(土)に開催された中国研究所新年会において,杉山文彦中国研究所理事長より受賞論文の発表および賞状の授与が行われた。なお,日本現代中国学会の『現代中国』は今年度の推薦を見送りました。

受賞作品 
金野 純 氏
       「文化大革命における地方軍区と紅衛兵――青海省の政治過程を中心に」

                                        (『中国研究月報』2016年12月号)

【推薦理由】
 人民共和国前半期の中国史にとって、文化大革命(文革)の重要性は言を俟たない。新たな史料の発掘により新知見も開かれている。しかし、文革の勃発から半世紀を経て、中国国内ではかえってその解明に様々な制約が伴っていることも事実である。このため、制限に捉われることなく進められる国外での文革研究の意義が改めて注目されているが、本論文もそうした環境の下で行われた研究の一つに位置付けることができる。
 本論文は、青海省での軍隊と紅衛兵の衝突事件を手掛かりに、文化大革命下における軍と政治の問題を論じたものである。文革初期、どのように運動を展開するべきか、という点で人々が注目したのが『人民日報』などが報じる毛沢東の動向であった。毛沢東が称賛した運動を模倣して、全国各地に大衆組織が多数生まれることとなる。これは各地の軍隊にも影響を与え、軍隊は最終的にどの組織を支持するのかが問題となった。
 1967年 2 月、青海省でこうした大衆組織間の対立と軍区内部の権力闘争とが結びついた結果、軍隊による学生への銃撃事件が発生した(「2.23事件」)。この事件は中央政府にも大きな衝撃を与え、中央軍事委員会は10ヵ条命令を発布した。これによって、軍隊による急進派の取締は困難となり、紅衛兵運動はさらに急進化した。その後、中央政府の介入より1967年半ば以降、青海省には「八・一八」と称される派閥による独裁型の権力機構が生れた(青海省革命委員会)。しかし、新たな権力機構の下でも混乱は続いた。革命委員会により、「合法的」な政治的弾圧、虐待が行われ、1 万人以上の人々が迫害される、暴力の応酬現象が生じたのである。著者によれば、青海省と同様の対立構造は全国で確認できるものの、その派閥抗争の結果は必ずしも同じではなかったという。そして、こうして生じた政治的不確実性は、人々の文革への参与リスクを高め、社会的な混乱を招く一因になったと著者は指摘する。
 近年の文革研究によれば、文革初期の社会的暴力よりも1968年以降の革命委員会による権力再編後の方が、実は多くの犠牲者を生んでいたことが明らかになっている。本論文はそうした動向を踏まえ、革命委員会による権力再編後の情況をも検討し、近年公開された回想録などを他の史料で傍証しながら、文化大革命の運動を長期的な周期の中に位置付けた。また本論文は、かつて著者自身が検討した問題を、その後の研究状況の変化や新史料の利用、さらに自身の反省も踏まえつつ、より大きな文脈から再検証したものでもある。一つのテーマについて長期的に検討し続けるという、筆者の研究姿勢もまた大いに評価に値すると考える。

                                               『中国研究月報』編集委員会



12回太田勝洪記念中国学術研究賞の発表・授与について

12太田勝洪記念中国学術研究賞は,『中国研究月報』編集委員会および『現代中国』編集委員会より推薦のあった下記論文が選ばれた。2016 1 30日(土)に開催された中国研究所新年会において,杉山文彦中国研究所理事長より受賞論文の発表および賞状の授与が行われた。

受賞作品:

テグス氏

1960年代中国におけるモンゴル語の語彙問題――「公社」「幹部」の表記問題を中心に」(『中国研究月報』201510月号)

 

【推薦理由】

1990年代以降、内モンゴルではモンゴル語・モンゴル文字の復活教育が行われているが、漢族とモンゴル族の溝は深い。その背景には中華人民共和国中央政府の内モンゴル政策における度重なる変動に対するモンゴル族の不信が存在するからである。そして、国境の向こう側に住む外モンゴルの人々との文化的距離はいっこうに進展していないのが現状である。

本論文は内モンゴルにおけるモンゴル語の漢語からの借用語をめぐる問題について、1960年代の歴史的背景そのものを時系列的に追い、モンゴル族自身の動向と中央政府の政策の変化を重ね合わせつつ明らかにした。著者の言葉によれば、従来の研究が「語彙問題を当時の政治情勢との関連性で分析したり、あるいはこの問題をめぐるモンゴル人内部の亀裂と対立への洞察が欠如して」おり、それを意識した研究も未だ1960年代初期までであったとして、その後の時代を包摂して考察する。内モンゴルでは反右派闘争・大躍進政策を経て建国初期のロシア語借用語を排除した漢語の借用が行われ、更に1962年にはその行き過ぎへの反省からモンゴル語の語彙の復活、漢語の借用語の排除がなされた後、四清運動、文化大革命の中で再び漢語の借用へと展開するが、こうした経緯を著者は複眼的に追っている。しかも、文化大革命ではモンゴル語表記にこだわった人々が過酷な仕打ちを受けたことをも明らかにする。

本論文に特徴的なことは「公社」「幹部」といった語彙問題を通して、中央政府と少数民族という二項対立ではなく、モンゴル族内部に起こった亀裂と衝突を克明に追っていることである。それゆえ、内モンゴルの置かれた現実に向き合い、言葉が時代と環境に翻弄される様を赤裸々に語り、極めて含蓄のある、そして、説得力に富む論考となった。

著者はかつて一橋大学で言語社会学を専攻した留日経験があり、内モンゴルにおける言語問題を一貫して追究してきた。2009年、「統一文字への夢──1950年代中国におけるモンゴル語のキリル文字化運動」(ユ・ヒョヂョン、ボルジギン・ブレンサイン『境界に生きるモンゴル世界──20世紀の国家と民族』,八月書館)では、1950年代、中国の文字改革として展開したモンゴル語のキリル文字化運動を分析した。ここではモンゴル人民共和国の標準語に近づけるための活動ゆえに話者の少ない西部方言を選んで展開されたが、その後、中国政府の政策転換によって「地方民族主義」として批判にさらされる経緯を追究した。更に、2012年、「チワン・プイ『文字聯盟』と言語学者セルヂュチェンコの関与についての再検討」(『言語社会』6,一橋大学大学院言語社会学研究科)では、ソ連の言語学者セルヂュチェンコの関わった少数民族の言語改革に関する従来の研究を批判する中でも、内モンゴルにおける言語改革を視野に入れた研究を行っている。その意味で、本論文は著者の一連の研究土壌の延長上に生み出された最新の成果といえる。

著者は遙か内モンゴルの地において、独自の視点から言語社会学の分野に切り込み、語彙問題を主軸に据えて中華人民共和国という多民族国家に生活するモンゴル族のみならず少数民族が直面する言語問題について内在的かつ普遍的な分析を行ってきた。「モンゴル人」として内モンゴルの言語問題に取り組む著者の今後の研鑽が大輪の花を咲かせることを期待して、本年度の太田記念賞を授与するものである。

 

                           『中国研究月報』編集委員会

 

 

受賞作品:

松本和久氏

「西安事変の『平和的解決』とソ連――外務人民委員部資料から見た中国『抗日化』認識の形成過程」(『現代中国』89号)

 

【推薦理由】

 松本和久「西安事変の『平和的解決』とソ連――外務人民委員部資料から見た中国『抗日化』認識の形成過程」(『現代中国』89号,2015年)は,19363月のソ蒙議定書締結から12月の西安事変にいたるソ連の中国認識と政治過程を,ソ連外務人民委員部文書などロシア語資料をふくむ日中ソ外交史料を用いて再構成するとともに,西安事変の「平和的解決」に対して,ソ連政府の中共に対する指示や張学良への見解の提示が大きな役割を果たしたことを示唆したものである。

 周知のように,西安で張学良らが蔣介石を監禁した事件は,最終的には蔣介石が無事解放され,以後,国民党と共産党が内戦を停止して一致して抗日に向かう,歴史の大きな転換点となった。こうした西安事変の「平和的解決」のポイントは,張学良による蒋介石解放の決断がどのようにもたらされたのかであり,学説史的には,①蒋介石の諾言,②中共の「平和的解決」方針,③ソ連・コミンテルンの指示と見解,をどのように関連づけて理解するのかにある。

 本論文は③について,ソ連が一貫して「平和的解決」を目指していたことを示すとともに,その背景にある対中国認識が形成された過程を明らかにしたものである。「満洲国」とモンゴルの間の紛争頻発に対応するため,ソ連はソ蒙議定書を締結し,日本はこれに対抗するために,共同防共の名目で中国との対ソ軍事同盟の締結を目指した。しかし,川越・張群会談で蔣介石は実質的にこれを拒否し,さらに11月の綏遠事件によって日中関係は険悪になるとともに,輿論においても政府への支持が強まった。この政府や輿論に抗日の機運が充満していく状況が,南京駐在の外交官らから詳細にソ連中央に報告されており,ソ連にとって蔣介石は抗日的=自らの政治目標と合致する人物,だったのである。②の中共の方針は,こうして導かれるソ連の「平和的解決」という指示を受け入れて,対応を変化させたものである可能性が高い。

 以上が本論文の要旨である。西安事変の研究は数多いが,本論文はソ連側の認識と対応を論じた点,ロシア語史料をふまえた分析と考察が1936年の中国の政治過程に対する新たな知見を提示している点で,高く評価されよう。無論,本人も明記しているように,中共の対応への影響については可能性の指摘に留まっているが,現在の史料状況の下では,これ以上は困難であると思われる。論旨は読者を仰天させるというほどではないが,実証は着実であり,また松本氏は近年1930年代の中ソ関係を軸に意欲的に研究を発表しているので,若手奨励の意味からも,編集委員会はこの論文を太田記念賞の候補として推薦する次第である。

『現代中国』第89号編集委員会




11回太田勝洪記念中国学術研究賞の発表・授与について

11太田勝洪記念中国学術研究賞は,『中国研究月報』編集委員会より推薦のあった下記論文が選ばれた。2015 1 31日(土)に開催された中国研究所新年会において,杉山文彦中国研究所理事長より受賞論文の発表および賞状の授与が行われた。なお,今回は『現代中国』編集委員会からの推薦はなかった。

受賞作品:

◎前野 清太朗氏

19世紀山東西部の定期市運営をめぐる郷村政治――孔府トウ(木偏に當)案からの検討――」

(『中国研究月報』第682号)

 

【推薦理由】

 

現在の中国社会史研究の分野では,郷村レベルの史資料不足ゆえに,地方トウ(木偏に當)案を用いた定期市の研究がいまだ十分とはいえない状況にある。本論文は,従来,困難であった19世紀以前の華北郷村社会の実態を明らかにすべく,孔府トウ(木偏に當)案を用いて,定期市における「取引仲買人」の地位獲得をめぐる住民間の紛争事例を検討・分析した。著者は地域社会の中で定期市の運営に腕を振るう「取引仲買人」のありように着目し,そこに郷村地域内の権力関係や地域社会的論理を追求したが,この「取引仲買人」という呼称自体,史資料の用語を整理検討し,命名したものにほかならず,その地位の流動性に着目したことで,一挙に郷村社会の実態に肉薄することができたのである。そして,郷村社会における地域住民と孔府・州県衙門の関係に着目すれば,孔府も地域住民から見れば外部的な存在で,孔府は郷村部を完全に統制できたわけではなく,州県衙門に近い存在であったとして,地方志の限界性のみならず,孔府トウ(木偏に當)案のもつ限界性に対しても著者は自覚的であった。

著者は,19世紀の華北における地域社会の定期市が,有力住民にとって取引場所としてのみならず,政治的争奪の対象となる場所となったことに着目する。すなわち,定期市そのものの分析ではなく,定期市における地域住民の行動の論理を探ることに著者の意図があり,地域の有力住民が定期市で「取引仲買人」となるべく争ったのは,「取引仲買人」が定期市の運営にかかわった存在であり,仲買業者と徴税人の業務を兼任していた存在であったからだとする。しかも,地域の有力農民と一般住民の関係性に着目すれば,有力住民たる「取引仲買人」は定期市に参集する一般住民との関係の中で公共性と私益性を追求する存在であり,そうした矛盾を生きることが地域社会的事実であったと看破する。

本論文は各節に「小括」を設け,次の展開を予告しつつ展開するゆえに,極めて説得的かつ論理的な構成となったが,同時に定期市に経済的側面よりも社会的政治的側面からアプローチする独自な手法を用いて史資料を読み込み,新たな境地に到達したことは大いに評価されるべきであろう。

著者は多くの中国農村研究者とともに郷村内部の各層から聞き取り調査を行うなど,現代中国における郷村社会の変容に深い関心を寄せてきた。また,東京大学大学院博士課程教育リーディングプログラム「多文化共生・総合人間学プログラム」や教育プロジェクト「共生のプラクシス――市民社会と地域という思想」に関わり,日本の農業実習にも参加するなど,社会的活動に積極的に取り組む市民でもある。こうした実践の上に立って,著者は中国における地域社会の総体的把握をめざそうとする。それゆえ,今回の定期市をめぐる研究はひとつの土台石にすぎず,今後,地域的問題とそれにかかわる人々を対象とした研究を積み重ねようとの志をもって農村調査を続けている。氏の今後の研究の進展を大いに期待したい。

                          『中国研究月報』編集委員会



第10回太田勝洪記念中国学術研究賞の発表・授与について

 第10回太田勝洪記念中国学術研究賞は,『中国研究月報』編集委員会および日本現代中国学会の『現代中国』編集委員会より推薦のあった下記論文が選ばれた。2014年 1 月25日(土)に開催された中国研究所新年会において、杉山文彦中国研究所理事長より受賞論文の発表および賞状・賞金の授与が行われた。

受賞作品:
       ◎津守 陽氏
   「「におい」の追跡者から「音楽」の信者へ――沈従文『七色魘』集の彷徨と葛藤」
                                  (『中国研究月報』第67巻12号)

【推薦理由】
 津守論文は,近代の作家沈従文の「文学」「表現」に対する激しい追求の過程を,丹念に分析検討したものである。近年,近代中国文学研究の分野では,世界的にも沈従文のテクストに対する論究が盛んになっており,日本でも魯迅研究に勝る活況を呈している。著者の論文は,そのなかでもとくに難解な40年代後半のテクストを対象とし,それを精緻で鋭敏な感覚で分析した意欲作であり,沈従文研究において,最先端をいくものと評価しうる。沈従文における「世界」や「生命」の美に対する描写の重点は,30年代には郷土色が強く,泥臭い「におい」にあり,そのことによって沈の小説は,近代的な都市リアリズムとは異質な特色を獲得していた。しかし40年代に入ると,「凝視」を中心とする視覚表現に重点が変わり,それまでの静かな描写から絢爛たる修飾に移行する。そこで,聴覚的描写と視覚的描写とに重点がおかれた対照的なテクストが,共存することとなった。論文は,その両者の葛藤から逃避するように,「音楽」に対する信仰のような表現が出現してくるとする。これらの指摘は,後期沈従文研究に対する,大きな貢献と言えよう。
 さらに分析の射程は,結論部分で触れられるように,中国1940年代文学に秘められた新たな潮流を発掘する可能性ももっている。つまり文学における現実性,リアリティそのものが具体的なものから「抽象性」に変化し,表現自体が大きく転換する時代であったことを物語ることである。そのなかに,沈従文の深い文学的苦悩があったことを,本論文は証していよう。さらに言えば,そんな文学的苦悩による危機と自殺という行為そのものが,中国文学史における大きな事件であることも,論文から示唆されることであろう。これらは,中国における「書写=ディスコース」の重たさとモダニティに関わる重要な論点を提示してもいるのだ。著者が今後さらに視野を拡げて,中国と文学とモダニティに関しても研鑽を積まれることは,本論文から充分に窺えるものであり,その意味も含めて,本論文が太田記念賞にふさわしい奥深さを有していると確信し,ここに推薦するものである。
                                                                               中国研究月報』編集委員会

受賞作品:
       ◎濱田麻矢氏
   「遥かなユートピア――王安憶『弟兄們』におけるレズビアン連続体――」
                                    (『現代中国』第87号)

【推薦理由】
 濱田麻矢「遥かなユートピア――王安憶『弟兄們』におけるレズビアン連続体――」は,現代中国を代表する女性作家である王安憶の「弟兄們」を題材とし,そこに登場する三人の女性に焦点を当て,ジェンダー論の視点から作品分析を試みたものである。濱田氏はアドリエンヌ・リッチの提起した「レズビアン連続体」(強制的異性愛に対抗する手段としての女性同士の紐帯)という概念を援用して「弟兄們」の三人の女性の関係性を説明し,三人が学校を卒業したのち,一人が出産を経験することをきっかけに徐々にその関係に亀裂が生じていくありさまを,作品に即して具体的に論じている。最後に濱田氏は,この小説は「女性同士の絆(レズビアン連続体)が持っている力を言語化し,明視化させた作品として,当代女性文学史の中で大きな意味を持つもの」であると結論付けている。
 論旨は明解であり,作品に対する具体的で正確な分析は説得力を持つ。王安憶の作品は女性が主人公である作品が大多数を占め,中国の研究者の中にもジェンダー論的な視点から王安憶を研究する者が少なくない。そういった意味では素材と分析方法に目新しさが感じられるわけではないが,濱田論文の特長は,「弟兄們」の「女性同士の絆」がなぜ必要とされたのか,またどのような危険性を孕んでいたのかを作品の細部に沿って丁寧に論じ,結果としてこの作品の深層にある論理を見事に引き出していることにある。
 濱田氏は,これまで張愛玲,陳衡哲,凌叔華など民国期の女性作家とジェンダーを中心に研究を続けてこられた。本論文はその延長線上にあるが,時代的にはこれまでよりもずっと新しい時代に視野を広げており,研究の広がりが感じられるとともに,今後の展開にも興味がもたれる。
 上記のような理由から,編集委員会は濱田氏の論文に太田記念賞候補としての資格が十分にあると判断し,ここに推薦する次第である。

                                                                               『現代中国』第87号編集委員会


■第 9 回太田勝洪記念中国学術研究賞
  第 9 回太田勝洪記念中国学術研究賞は、『中国研究月報』編集委員会より推薦のあった下記論文が選ばれた。2013年1月26日(土)に開催された中国研究所新年会において、杉山文彦理事長より受賞論文の発表および賞状・賞金の授与が行われた。なお、日本現代中国学会の『現代中国』編集委員会は今年度の推薦を見送った。

 受賞作品:
   杉谷 幸太 氏
   「「青春に悔い無し」の声はなぜ生まれたか――「老三届」の世代意識から見た「上山下郷」運動」
                                      (『中国研究月報』第66巻10号)

 【推薦理由】
 第9回太田賞は、杉谷幸太氏の上記論文に授与されることとなった。また一人、次代を担う若い研究者が現れたとの感がある。
 氏の論文は「文革」世代の代表ともいえる「老三届」に属する人々によって、1990年代になって「青春に悔いなし」の語が発せられるようになった、その含意するところと背景を解明しようとしたものである。人の心理に分け入るという困難な作業を、当時の新聞の論説記事や「老三届」世代の回想などによって行った力作である。ただ、氏が論文の「おわりに」のところで述べた、「青春に悔いなし」の語は、歴史的・社会的記憶が政治的に活用されることの多い中国の特色も相俟って、多面的な意味合いが込められて語られているとする結論は、はじめからある程度予測できるものであって、取り立てて目新しいものではない。この論文の優れた点とか面白さとかいうものは、むしろその結論を導き出す過程で浮き彫りにされた幾つかの点にある。
 一例を挙げれば、「上山下郷」の運動を前にして、当時十代半ばであった「老三届」たちが立たされた心理情況を、1960年代前半から進められてきた「雷鋒に学ぼう」「王傑に学ぼう」といった、革命の後継者養成のための社会・教育運動と関連付けながら分析している。それによれば、長い革命闘争の結果成立した中華人民共和国にあっては、革命前の「苦」の体験の有る無しが大きな意味を持ち、それが「苦」を体験していない「老三届」世代に大きな心理的圧力となっていたとされる。
 このような点は、従来何となく想像されていた点ではある。しかしながら、何となく想像するばかりで、誰も本格的に考察の対象としようとはせず、したがって、想像するよすがの無い若い世代には理解しようがないままに置かれていた事である。それを若い世代に属する杉谷氏が、敢えて取り組んだ点にこの論文の大きな意義がある。
 この論文のテーマは今後に大きな発展の可能性を秘めており、今後の展開が楽しみである。今回の論文では、「文革」の発生やその後の動きは、いわば所与の条件のように扱われ、分析の対象とはなっていなかったが、今後はそれも含めた考察を進めていってもらいたいと思う。
                                                     『中国研究月報』編集委員会

■第 8 回太田勝洪記念中国学術研究賞  
 
第 8 回太田勝洪記念中国学術研究賞は,『中国研究月報』編集委員会および日本現代中国学会の『現代中国』編集委員会より推薦のあった下記論文が選ばれた。2012年 1 月28日(土)に開催された中国研究所新年会において,浜勝彦中国研究所理事長より受賞論文の発表および賞状・賞金の授与が行われた。

 受賞作品:  
 ◎鹿錫俊氏  
  「ヨーロッパ戦争開戦前後の蒋介石――日記から読み解く中国当局者のシナリオ――」
                                   (『中国研究月報』第65巻第 8 号)

 【推薦理由】  
 鹿錫俊氏の論文「ヨーロッパ戦争開戦前後の蒋介石――日記から読み解く中国当局者のシナリオ――」は,1939年の蒋介石の対外観,とりわけ「独ソ不可侵条約」への対応を追ったものである。筆者は,当時の蒋介石の世界情勢認識を,当時緊張の高まりつつあった日ソ関係と欧州情勢から説明し,日ソ開戦重視(待望論)という蒋の思想の特徴を導き出した。次に,独ソ不可侵条約,そして欧州戦争勃発という,まさに蒋自身の予測に反した情勢の進展を蒋がいかに捉えたのかということを詳述し,最後に現状認識を軌道修正していく姿を説明している。  
 本論文は以下の点で高く評価できる。第一に,鹿氏がスタンフォード大学で客員研究員であった時期に閲覧した蒋介石日記を基礎史料として用いつつ,日記だけに依拠した研究が陥りがちな問題を克服すべく,台湾の国史館などで史料を補っている点である。第二に,日記を用いてこそ明らかにできる蒋介石の世界情勢認識をつまびらかにしつつ,現実の世界情勢の変容に対して,その認識がいかに変化するかということを明確にした点である。第三に,従来,強力な権限を有していると説明されがちであった蒋介石について,周囲と異なる見解を有していた場合には最終的に周囲と意見を調整していたことを,日ソ開戦重視論の修正過程から明確にした点である。第四に,このような蒋介石の挫折と反省ともいえる経験が,以後の蒋にも肯定的な影響を与えたとして,長期的な視野を以て評価している点である。  
 以上の事由を以て,本論文を太田記念賞に相応しいものと判断した。             
                                              『中国研究月報』編集委員会

 
◎菅原慶乃氏  
  「越境する中国映画市場――上海からシンガポールへ拡大する初期国産映画の販路」
                                          (『現代中国』第85号)
 【推薦理由】  
 菅原論文は,上海映画界とシンガポールを中心とした南洋映画市場の関係を実証的に検証したものであり,これまでの中国映画史の空白を埋める貴重な研究である。具体的には,中国映画界がシンガポールなど南洋市場を重視した背景と,南洋市場が中国映画界に与えた影響,の 2 点に焦点が絞られ,『申報』・『南洋商報』など当時の一次資料を丹念に調べ,実証的分析を行なっている。  
 菅原論文の主な結論は,以下のようにまとめられよう。すなわち,民国初期の1920年代に,南洋市場は中国映画の単なる消費地だっただけでなく,南洋市場での中国映画の成功物語は,国内の主要活字メディアで言説と化し,新興の映画産業の急成長を支える一方,映画において反帝ナショナリズムを体現しうるという時代の要請にも応えることができた,ということである。大変興味深い知見である。  菅原氏は近年,民国期の中国映画産業に関する優れた研究成果を次々に発表しており,本論文も審査の段階で査読者から高い評価を受けている。
 菅原氏の研究のより一層の発展を期待し,また,現代中国研究に対する若手研究者への激励の意味を込めて,本論文を太田記念賞に推薦する次第である。                   
                                            『現代中国』第85号編集委員会


■第7回太田勝洪記念中国学術研究賞
 第7回太田勝洪記念中国学術研究賞は,『中国研究月報』編集委員会および『現代中国』編集委員会より推薦のあった下記論文が選ばれた。2011年1月29日(土)に開催された中国研究所新年会において,浜勝彦理事長より受賞論文の発表および賞状・賞金の授与が行われた。

 受賞作品:  

 ◎『中国研究月報』第64巻第 1 号~第12号(2010年 1 月~12月)掲載論文からの推薦論文
  篠崎 守利 氏
  「『紅十字会救傷第一法』,訳出と再版の意味するもの」(『中国研究月報』第64巻第7,8号掲載)
 ◎『現代中国』第84号掲載論文からの推薦論文

   杜崎 群傑 氏
   「中国人民政治協商会議共同綱領の再検討――周恩来起草の草稿との比較を中心に――」(『現代中国』第84号掲載)

 推薦理由:  ◎篠崎 守利氏「『紅十字会救傷第一法』,訳出と再版の意味するもの」
 篠崎氏の上記論文は,孫文が1896年から97年にかけてロンドンに滞在した際に翻訳して,97年にその初版が公刊された『紅十字会救傷第一法』にまつわる諸事実を整理しつつ明らかにすることで,世界における紅十字(Red Cross)の取り組みが孫文に与えた影響,清末の中国の為政者,革命家に与えた影響,あるいは反応はどうだったかを詳細に考察しています。
 孫文が1896年にロンドンの清国公使館に幽閉されて危機一髪で救出されたこと,好んで「博愛」という字を揮毫したこと,秋瑾が「看護学教程」を訳したことなどはよく知られている事実ながら,それらを丹念に結びつけて,篠崎氏の言葉を借りるならば,「清末中国におけるRed Cross波及事情」がどのようなものだったかを紹介し,「清末の博愛思想は,革命思想を共振させた。……秋瑾は日本留学を機に博愛を唱え,また孫文も博愛思想を革命戦略の一端に位置づけた。彼ら革命派が博愛を革命の起動力とし市民戦争(Civil War)を志向した」と指摘しています。興味ある問題提起だと思います。
 篠崎氏自身の10数年に及ぶ関心の持続が,ついに2008年の日赤本社におけるオズボーンの救護用教本の日本語訳(孫文訳「紅十字会救傷第一法」と同じ内容)の発見に結びつき,それをきっかけにこの大作をまとめたことを評価して,『中国研究月報』編集委員会は本論文を,第 7 回太田勝洪記念中国学術研究賞に推薦いたしました。
 辛亥革命100周年の今年は篠崎氏にとっては長年勤務された高校教師を退かれる年にあたっていて,太田記念賞を受賞されることまことにおめでたく,一層の研究の進展を期待します。
                                        『中国研究月報』編集委員 大里浩秋


  推薦理由: ◎杜崎 群傑氏「中国人民政治協商会議共同綱領の再検討――周恩来起草の草稿との比較を中心に――」
  本論文は,中華人民共和国建国期に採択された,中国人民政治協商会議共同綱領(以下共同綱領)を分析対象とし,周恩来起草の草案と比較検討することにより,中国共産党(以下中共)が共同綱領の作成に対して指導権を確立していく過程を考察したものである。
 本研究は,①中共は当初から自らの主張を完全に共同綱領に反映させるほどの実力を持ち合わせていなかったこと,②共同綱領の最終的な採択に近づくにつれ,中共の理論を共同綱領に盛り込むよう努め,大きな成果をあげていったこと,③以上にもかかわらず,そこには一定の限界があり,これが建国後に理論的な問題を残すことになったことなどの三点を立証している。そしてプロレタリア独裁,権威主義的体制への移行を目指す傾向が顕著であったものの,新中国を直接的にプロレタリア独裁,権威主義的体制に移行させるほどには強力ではなかったところに,中共の指導権の限界があったことを明らかにした。
 共同綱領の歴史学的研究は,人民共和国の成立過程の特徴を考える上で重要な意味をもつものであるが,資料上の制約もあり,従来研究が手薄であった領域である。そうした研究状況にあって,本論文表 1 から表 3 に示された周恩来起草の草案との詳細な比較研究の成果は,学術上の意義を十分有するものである。本論文は限られた資料の精読を通じて共同綱領作成のプロセスの検証を試みた労作と評価できる。
 筆者が今後も実証的手法を駆使しつつ,人民共和国初期の政治史に対して研究を進めていくことを期待すると同時に,若手研究者への激励の意味をも込めて,『現代中国』編集委員会は本論文を太田記念賞に推薦することとした。
                                               『現代中国』編集委員会


■第6回太田勝洪記念中国学術研究賞
 第 6 回太田勝洪記念中国学術研究賞は,『中国研究月報』編集委員会より推薦のあった下記論文が選ばれた。2010年 1 月30日(土)に開催された中国研究所新年会において,浜勝彦理事長より受賞論文の発表および賞状・賞金の授与が行われた。なお、『現代中国』からの推薦は見送られた。  

 受賞作品:  
 ◎『中国研究月報』第63巻第 1 号~第12号(2009年 1 月~12月)掲載論文からの推薦論文  
 石井 弓 氏  
 「日中戦争の集合的記憶と視覚イメージ」(『中国研究月報』第63巻第 5 号掲載)
 推薦理由: 
 中国研究所元理事長太田勝洪先生を記念して設けられた太田記念賞,これは前年度に『中国研究月報』に発表された論文中の最優秀作品に贈られるものですが,この 6 回目の受賞作に石井弓さんの「日中戦争の集合的記憶と視覚イメージ」が選ばれました。審査に携わった一人として,一言感想を述べることで,石井さんへのお祝いの言葉に代えたいと思います。
  石井さんの論文は,中国山西省盂県で行った聞き取り調査に依拠しながら,その周辺の村人に「共有された戦争記憶を取り出す」ことによって,「中国人の戦争記憶とはどのようなものであるかを知り,それが如何にして形成或いは獲得されてきたのかを明らかにすることを目的」にし,「特に,実体験を持たない出来事がなぜ「感情記憶」と呼ばれるまでに深く内面化され戦後世代が体験者の感覚や感情に同一化してしまうような記憶が如何にして獲得されたか,を考え」たいとして書かれたものでした。石井さんがこのようなテーマに取り組もうとした動機は,数年前に展開された歴史認識に関わる日中間,あるいは韓を加えた主には研究者による議論の中で,例えば孫歌さんなどが,客観真実性によっては捉えることのできない意識のありようとしての「感情記憶」があると指摘したことに刺激を受けたからのようであり,また,1990年代半ばから山西省盂県で行われていた性暴力被害者の調査に途中から参加して,そこに日本軍が進駐したことで村人の運命がどう変わったかを知り,そのことについて深く考える体験をしたことにあるようで,私は,石井さんがまっとうな議論の影響を受け,かつ現地での真摯な見聞を経てこのテーマにたどりついたことを,まずは評価したいと思います。
 論文の内容について言うと,日中戦争時の体験者と戦後生まれで本来戦争時のことを知らないはずの年代者の双方から,戦争をどう記憶しているかを話してもらい,それらを聞き取ったままの語り口で再現しつつ,地の文で歴史背景等の補充をする,という形で論を進めているのは,文字資料のみを頼りにして事実を明らかにしようとする手法に比べてはるかに読みやすく,かつ臨場感にあふれるものとなっています。そもそも聞き取りをしてそれを一文にまとめることは,まことに難しい作業であり,親しくもない人から思い出したくもない内容を聞こうとする,しかもそれを中国の農村で試みることは無謀なことだと,横浜の華僑から話を聞くときにも困難を覚える私としては感じてしまうのですが,石井さんは果敢にその方法を実践した,それが二つ目に評価したいことです。そして,聞きたい内容をいくつかに絞り,その一つに村人が現在でも見ている戦争に関する夢はどんなものかを一人ずつから聞き出して,その内容から共有される記憶について考えをめぐらしていく,そうすることで,戦争体験者から話を聞くだけでなく,露天映画会で抗日戦争の映画を見,集団農作業で戦争の話をするという日常の積み重ねの中で戦争記憶が形成されていったことを石井さんは実感していき,それを関連する情報や資料によって補強しながら文章にまとめた,その力量はたいしたものです。
 今回の受賞を励みにして,ますます新鮮な問題提起をしてほしいと願っています。
                                    『中国研究月報』編集委員 大里浩秋


■第5回太田勝洪記念中国学術研究賞
 第 5 回太田勝洪記念中国学術研究賞は,『中国研究月報』編集委員会および『現代中国』編集委員会(日本現代中国学会)より推薦のあった下記論文が選ばれた。2009年 1 月31日(土)に開催された中国研究所新年会において,受賞論文の発表および賞状・賞金の授与が行われた。

 受賞作品:  
 ◎『中国研究月報』第62巻第 1 号~第12号(2008年 1 月~12月)掲載論文からの推薦論文    
 堀井 弘一郎 氏    「汪精衛政権下の民衆動員工作――「新国民運動」の展開――」(『中国研究月報』第62巻第 5 号掲載)    
 ◎『現代中国』第82号掲載論文からの推薦論文  
 朴 敬玉 氏    「朝鮮人移民の中国東北地域への定住と水田耕作の展開――1910~20年代を中心に――」(『現代中国』第82号掲載)

 推薦理由:  ◎堀井 弘一郎 氏「汪精衛政権下の民衆動員工作――「新国民運動」の展開――」
 堀井論文は,汪精衛政権下で民衆動員工作として展開された「新国民運動」に関する考察であり,政策担当者の目的と異なり,結果的に民心を掌握することはできなかったことを実証的に検討している。
 近年,日本に限らず中国においても汪政権内部の研究が漸く本格化し,「対日協力政権」という視点で,フランスのヴィシー政権との比較も行われるようになってきた。堀井論文は,イデオロギー先行の度合いがきわめて強い「偽政権」研究から離れ,それを客観的に検討しようとする最近の研究動向を踏まえたものであり,その中でもまだ蓄積の少ない民衆動員工作について検討した先駆的研究であり,その中でも汪政権が自ら展開しようとした民衆動員工作の具体像と限界を実証的に示した点で,画期的である。
 内容としては,軍事的には日本軍に支えられていた汪政権が,民衆動員工作として展開した「新国民運動」について,この運動が日米戦争の開始に目を据えつつ構想され,当初の「主義や機関を立てない」という方針から,アジア主義的理念をもとに新国民運動促進委員会による民衆動員体制が立ち上げられたこと,日米開戦を機に新国民運動を梃子にして政権への民意集約が図られたこと,また,日本側も運動の設計や指導に深く関わったものの民衆動員組織は集約されず,かえって「組織の重層化」状況が表出し,清郷工作の頓挫もあって,政権の基盤が確定するとのないまま民心の獲得に失敗したことが,運動の段階別に述べられている。
 本論文は,すでに述べたように近年盛んになってきている汪政権研究の新たな側面を切り開いたもので,太田記念賞にふさわしいものと考えられる。                             
                                                               『中国研究月報』編集委員会

 推薦理由:  ◎朴 敬玉 氏「朝鮮人移民の中国東北地域への定住と水田耕作の展開――1910~20年代を中心に――」
 本論文はタイトルが示す通り,1910年代から20年代にかけての中国東北地域における水田耕作の展開について,朝鮮人移民の移動・定住の過程との関連を中心に考察したものである。東北地域における稲作の問題は,朝鮮人農民の移住及びその漢人農民との接触など,政治,経済,文化の諸要素が複雑に絡み合ったきわめて興味深いテーマであるが,著者は国内外における先行研究を十分に踏まえた上で,従来見過ごされてきた朝鮮人農民の移住動機の多様性や移住の形態,あるいは栽培品種に着目し,新たな視点と知見を提示した。論の進め方は着実で,従来の地域区分を踏まえながら,政治的条件,気候条件,朝鮮人移民の移住過程に基づいて著者が独自に立てた北満・中満・南満の地域区分ごとに,朝鮮人の移住,水田耕作の展開,日本や中国の農業,移民政策について丹念に整理している。その結果,日露戦争から辛亥革命以降の東北地域における米需要の増加という時代的背景下で,日本側の政策的関与と直接耕作者としての朝鮮人移民の移住によって,水田耕作が広まり,1910~1920年代,移民の増加と地域に適した品種の普及により,広範囲における水田耕作が可能となった過程や,各地域の稲作の特徴が諸条件の絡み合うなかで形成されたことが明らかにされた。また,近代の朝鮮人移住と農業耕作について,北部農民は畑作技術を媒体として間島地方に移住し,南部農民は水田米作技術を媒体として中・北満地方に移住したという,従来の二系列移動説よりもずっと複雑な様相があり,歴史的により精密に検討し直す必要性も示され,今後この分野の研究における一つの方向性が提示された。
 著者が今後も近代東北地方における農業や移動について研究成果を上げ,近代東北アジアの歴史に新たな光を当てることを期待して,『現代中国』編集委員会は本論文を太田記念賞に推薦することとした。
                                                                  『現代中国』編集委員会


■第4回太田勝洪記念中国学術研究賞
 第4回太田勝洪記念中国学術研究賞は,『中国研究月報』編集委員会および日本現代中国学会の『現代中国』編集委員会より推薦のあった下記論文が選ばれた。2008年1月26日(土)に開催された中国研究所新年会において,田中信行中国研究所理事長より受賞論文の発表および賞状・賞金の授与が行われた。

 受賞作品:
 ◎『中国研究月報』第61巻第 1 号~第12号(2007年 1 月~12月)掲載論文からの推薦論文   
 大川謙作氏   
 「ナンセン(nang zan)考――チベット旧社会における家内労働者の実態をめぐって」(『中国研究月報』第61巻第12号掲載)

 ◎『現代中国』第81号掲載論文からの推薦論文   
 日野みどり氏   
 「1970-80年代香港の青年運動――「新青学社」とその活動を通じて――」

 推薦理由:  ◎大川謙作氏「ナンセン(nang zan)考──チベット旧社会における家内労働者の実態をめぐって」
 今日の中国の公式見解によれば,チベット旧社会は「暗黒の封建農奴制」社会であったのであり,そうであるが故に中国当局がチベットを「解放」し,今日に至るまで領土支配を続ける大義名分があった。チベットの旧社会は未知の部分が大きいだけに,その実情を正確に知りたいと願う人々は少なくないはずであるが,この公式見解にどれだけの人が納得しているであろうか。
 大川謙作氏の論文,「ナンセン(nang zan)考―チベット旧社会における家内労働者の実態をめぐって」は,中国,欧米諸国の研究者たちによる先行研究を一方で吸収し,他方で批判しつつ,こうした公式見解が史実の矛盾した解釈から成り立っていることを明らかにし,新たなチベット旧社会像を提示しようとする極めて意欲的,かつ刺激的な試みである。大川氏は,1959年のラサ動乱以前に主として実施された中国の研究者たちによる調査報告をもとに,旧社会においてナンセンと呼ばれ,公式見解では奴隷とみなされてきた階層に焦点をあて,この階層を支配者層のもとで常に過酷なまでに虐げられる家内奴隷であると一括りにして解釈することには無理,矛盾があることを指摘したうえで,ナンセンが様々な種類の仕事に従事していた事実の重要性を強調する。つまり,ナンセンと呼称される人々は土地を所有せず,直属の主人を持ち,農業,牧畜といった生産労働には直接従事しない点では共通性がみられるものの,政府役人から,手工業者,労働者,荘園執事など従事していた業種は多岐にわたるのであり,伝統的な唯物史観に基づく,一つの階級,身分として存在したのではなく,「家内労働者」の訳語を当てるのが相応しい,職業的特性を持つ示す人々なのであった。
 本論文の論旨は以上のとおりであり,解明された事実,提起された問題の意義については改めて指摘するまでもないであろう。ただ一つ付け加えておきたいのは,通説の拠って立つ根拠を綿密に再検討し,ひとつひとつ突き崩していく,大川氏の手法の確かさである。まさに学術面での「実事求是」の精神に沿う労作であると評価したい。
 本論文が,生前,ドグマを徹底して嫌い,新たな問題提起には熱心に耳を傾けた太田勝洪氏を記念する賞の趣旨に真に適う論文であることは,『中国研究月報』の編集委員会が一致して認めるところである。おそらくは本論文を読む人の殆どが,大川氏に一刻も速く次の論稿の刊行を待ち望むことであろう。氏はチベット旧社会の主要な階層であった「ミセー」を扱う論稿を準備していると言う。速やかにその刊行を願うところである。                                                                  『中国研究月報』編集委員会

 推薦理由: ◎日野みどり氏「1970-80年代香港の青年運動――「新青学社」とその活動を通じて――」  
 本論文は,1970年代の香港で,若年労働者向けの夜間学校「新青学社工人夜校」を運営した「新青学社」について,彼等が発行した雑誌『新青』などの資料および関係者への聞き取りを基に,その活動の理念と実際について考察したものである。新青学社はボランタリーな集団管理方式で運営され,斬新な形式の授業や学生会などの組織活動,労働運動・社会運動への関与ほか多岐にわたる活動を行った。内部的には,学校運営自体を目的とするいわば社会サービス派と,学社を労働運動の拠点に育てようとするアドボカシー派の路線対立をはらみ,1985年の特別行政区区議会議員選挙に,学社のリーダーであった梁耀忠が出馬・当選したことを機に,新青学社は梁議員の所属団体に移行する形で発展的に解消した。新青学社は,学生運動を起源とする理念先行型の運動体ではあったが,学生運動の主流であった「国粋派」とも既存の労組とも一線を画し,香港の諸問題に関心を寄せ社会矛盾に異議を唱える社会派的な運動を志向し,返還後の香港における政治制度の民主化に新たな道を開いたと評価される。
 本論文は豊富な文献資料と関係者のインタビューにより,新青学社の運動の過程を実証的に明らかにしただけでなく,現在の香港における政治運動,民主化運動とのつながりについても明確に示しており,問題意識,説得力ともに,太田記念賞にふさわしい論文であると判断した。                                                                    『現代中国』編集委員会


■第3回太田勝洪記念中国学術研究賞 
 第 3 年目の太田勝洪記念中国学術研究賞は,『中国研究月報』編集委員会より推薦のあった下記論文が選ばれ,2007年 1 月27日に開催された中国研究所新年会において,田中信行中国研究所理事長より受賞論文の発表および賞状・賞金の授与が行われた。
 なお『中国年鑑』,および日本現代中国学会の『現代中国』については,それぞれの編集委員会による審査の結果,今年度は該当無しとされた。

 受賞作品  
 ◎三船恵美氏  
 「中ソ対立期における中国の核開発をめぐる米国の戦略批判の系譜  
 ――1961年~1964年における 4 パターンの米中関係からの分析視角――」(『中国研究月報』第60巻第 8 号掲載)
 推薦理由:  三船恵美さんの論文は,中ソ対立が激化していった1961~1964年の時期を対象に,中国の核開発をめぐる米国の対中国戦略が如何に検討されたのかを論証した作品である。論文では米国が結局のところ中国の核開発阻止よりも中ソ間の亀裂拡大・固定化を最優先目標とし,その下で台湾の大陸侵攻を断念させ,インドへの核兵器拡散案や中国の核施設に対する攻撃案を選択せず,中国の核大国化を容認して米中関係の正常化を図っていった政治過程を明らかにし,勢力均衡外交志向というアメリカ外交の特徴を浮き彫りにした。
 本論文のユニークな特徴は,米中関係,または米中ソ関係の枠組みにとらわれる先行研究に対し,マルチな視点,すなわち「4 パターン」の米中関係(①米中ソ,②米中印,③米中台の 3 つの三角関係と,④米中の 2 カ国関係)の枠組みからとらえ,論証を行った点にある。中ロ印3国外相会合が頻繁に開かれ(03年~),ついには中ロ印 3 国首脳会合が開催され(06年),さらにそれらにくさびを打ち込もうとするブッシュの訪印が行われる(05年)といった昨今のユーラシアにおける合従連衡に鑑み,「4 パターン」研究の視点は今日でも有効である。
 論文は一次資料を駆使し,また03年以降,複数の研究会での報告を経て切磋琢磨し,中国語に訳して中国人学者に諮り,さらに本誌編集委員会のコメントを吟味して推敲を重ね,数年がかりで磨き上げた完成度が高い作品である。
 著者のかかる真摯な研究姿勢は,若手研究者の手本となるものであり,論文は太田賞にふさわしい内容と風格を有するものと高く評価される。                                                          『中国研究月報』編集委員会

■第2回太田勝洪記念中国学術研究賞
 第 2 年目の太田記念賞選考は,2006年 1月,中国研究所編集委員会および日本現代中国学会の代表からなる論文審査委員会によって行われたが,今回,日本現代中国学会からは候補作品の推薦がなく,最終的に,下記 1作品が候補として選定され,太田記念賞運営委員会に報告された。  以上の経過をうけて,2006年 1月28日に開催された2006年度中国研究所新年会において,高橋満理事長より受賞作品の発表および賞状・賞金の授与が行われた。

 受賞作品
 ◎砂山幸雄「「支那排日教科書」批判の系譜」(『中国研究月報』第59巻第 4 号掲載)
 推薦理由:  砂山幸雄さんの論文は,近年の日中間の歴史認識や教科書記述をめぐる諸問題を念頭におきつつ,戦前に繰り返して発生した日本による「支那排日教科書」批判の問題を取り上げ,その具体的な展開過程を詳細にあとづけるとともに,中華民国におけるナショナリズムの形成とそれに由来する民族主義的な教育の展開に対し,当時の日本政府や教育関係者,植民地統治に関わる官僚層などが,いかなる認識を持ち,いかに対応をしたのか,さらに日本政府がこの問題にどのような外交的な介入を試みたか,などの点について,歴史的な経緯を究明し,問題の構造に対する実証的な分析を加え,説得的な論旨を展開している作品です。選考過程では,他の候補作品と比較して,抜きんでて高い評価を獲得し,太田賞にふさわしい作品として一致して推薦することとなりました。
 なお,この作品は日中友好会館日中歴史研究センターの助成を受けた共同研究「戦前期日中間における教科書問題の研究」の研究成果の一部であることを付記します。本作品を含む成果の一部は『中国研究月報』第59巻第 3 号および第 4 号に掲載された特集「戦前期教科書問題研究」に発表されました。このような共同研究およびその成果報告の場を中国研究所および『中国研究月報』が提供できたことは,今後の当研究所における研究方向に対しても示唆するところが大きいものと思われます。
 なお,昨年の『中国研究月報』掲載記事に即していえば,本特集とあわせて中国近・現代の愛国主義,民族主義にかかわる書評特集を掲載しました。さらに,第59巻 6号には 9本の報告よりなる特集「4月・中国の反日運動」を組み,カレントな問題に対する多面的かつアカデミックなアプローチを試みました。このような誌面構成の展開には,砂山さんの論文が重要な布石の役割を果たしたことを指摘できると考えられます。
 なお昨年は,砂山論文のほかにも,「歴史を鑑とする」上で示唆に富む力作が前後して『中国研究月報』に掲載されました。黄東蘭「清末・民国期地理教科書の空間表象―領土・疆域・国恥」(59巻第 4号)は上記共同研究の成果の一部ですが,清末・民国期の地理教科書を詳細に調査・分析して,中国の領土概念の形成を検証しています。大野太幹「満鉄附属地居住華商に対する中国側税捐課税問題」(59巻 9号)は,課税問題を切り口に経済立地と租税国家の意味を浮き彫りにした作品です。戸部健「清末における社会教育と地域社会――天津における「衛生」の教育を例として――」(59巻 4 号)は,社会教育の展開に即して地域社会の形成を論じ,湊照宏「戦時および戦後復興期台湾におけるソーダ産業」(59巻12号)は,1945年から49年にかけてのつかの間の中国統一の時期における中台間の補完的な経済構造を描き出しています。
 いずれも今日につながる歴史研究として,編集委員による評価が高かったことを付記しておきたいと思います。                                                                    『中国研究月報』編集委員会 2006年 1 月28日記


■第1回太田勝洪記念中国学術研究賞
 第一年目の太田記念賞選考は,2005年 1 月,中国研究所編集委員会および日本現代中国学会の代表からなる論文審査委員会によって行われ,下記 2 作品が候補として選定され,太田記念賞運営委員会に報告されました。以上の経過をうけて,2005年 1 月29日,中国研究所新年会において,高橋満理事長より受賞作品の発表および賞状・賞金の授与が行われました。

 受賞作品:
 ◎『中国研究月報』第58巻第 1 号~第12号(2004年 1 月~12月)掲載論文からの推薦論文  
 篠崎香織氏   
 「シンガポールの華人社会における剪辮論争──異質な人々の中で集団性を維持するための諸対応──」(『中国研究月報』第58巻第10号掲載)

 ◎『現代中国』第78号(2004年 8 月発行)掲載論文からの推薦論文  
 北川秀樹氏「中国における戦略的環境アセスメント制度」

 推薦理由: ◎篠崎香織氏「シンガポールの華人社会における剪辮論争──異質な人々の中で集団性を維持するための諸対応──」
 篠崎香織さんの論文は,19世紀末のシンガポールの華人社会において発生した辮髪を切るか否かをめぐる,いわゆる「剪辮」論争をとりあげて,当該時期のシンガポール華人が自らの集団性を確認しながら,同時に従来自明であった自らの集団の社会規範とは異なる社会規範への参入が不可避であることの確認もまた避けられなかったことを論じた,たいへん興味深く,同時に非常に手堅い論考である。シンガポールにおける華人社会の形成過程は,当該時期の中国における国民国家形成の動きとも関連して,きわめて重要な検討課題を提供する事象であるが,従来必ずしも十分にその過程が明らかにされ,認識が共有されてきたとはいえなかった。篠崎さんの論考は,シンガポールに生起した事象を手堅い実証作業を通して明らかにしながら,ひろく中国および世界的な広がりのなかでの国民国家および民族意識形成の問題として検討する展望を開いている。『中国研究月報』第58巻に掲載され,高い評価を得た論文のなかで,選考委員会は篠崎さんの論文がもっとも受賞にふさわしい論文であると結論し,推薦することとした。
                                                         『中国研究月報』編集委員 並木頼寿

 推薦理由: ◎北川秀樹氏「中国における戦略的環境アセスメント制度」
 当該論文は表題のように中国の戦略的環境アセスメント制度の現状を分析したものである。戦略的環境アセスメントとは,「『政策,計画,プログラム』を対象とする環境アセスメントであり,事業に先立つ上位計画や政策等のレベルで環境への配慮を意志決定に統合するための仕組み」とされる。中国では2002年に環境影響評価法が制定されたが,その内容は日本でもほとんど導入されていない戦略的環境アセスメントを制度化するなど意欲的なものという。
 当該論文は,中国での戦略的環境アセスメントについて,制定の経緯と意義,内容について詳細に分析し,さらに今後の課題について指摘している。分析にあたっては,広く関連文献を調査するとともに上海,西安の専門家からも聞き取り調査をおこなうなど,堅実な内容となっている。北川氏はこれまでも中国環境問題の研究に従事しており,投稿審査時の査読者の評価も高く,現代中国研究の学術賞である太田勝洪賞にふさわしい論文と考えるものである。
                                                 2003-04年度『現代中国』編集委員会代表 瀬戸宏  


 
 
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